疏水分線

ソガ/疏水太郎のブログです。

南極たぬきねこ

キマリさん一人称のよりもい南極ギャグ小説です。

 

南極たぬきねこ


1. しっぽの話


「なぁ報瀬、やっぱさっき猫の声しなかったか?」
「南極に猫はいないでしょ」
「そうだよなぁ」

ちょうどそんな話をしながら日向ちゃんたちが帰ってきました。
三人は内陸旅行の後片付けをして、外からこの食堂まで上がってきたはずです。

「ねぇ日向ちゃん、ここ来るまでに猫みなかった?」
「おまえもか、キマリ。もしかして本当に猫いるのか?」
「食堂に猫みたいなのがいて、しっぽ追いかけたんだけど見失って」

報瀬ちゃんのほうは、ちょっと怖い顔で断言しました。

「日向と結月ちゃんが声聞いたっていうけど、猫は絶対いないと思う」
「誰かが連れてきたんじゃないですか?」
「南極条約で南極に動物は持ち込めないの。だからありえない、」

 

《にゃーん》

 

「また聞こえたぞ。なんだこれ?」
「うそ、今度はたしかに聞こえたわ」
「もしかして、猫の幽霊、とか?」
「昭和基地にも出るんですか!?」

わたしが言うと結月ちゃんが青ざめて訊きました。ほんと怖い話だめなんだね。

「幽霊とかないから。昭和基地で死んだ猫はいないし」
「ずっと昔、昭和基地で育てられた猫がいるって極地研で見ましたけど」
「あれは南極条約前のことで、それに南極猫のたけしは無事日本へ帰ったわ」
「でも誰か隊員に取り憑いてきたのかもしれないぞ?」
「馬鹿いわないで。だけど、なんか動物に取り憑かれそうなのって・・」

三人の視線がわたしに集まりました。

「なんでみんなわたしを見るのー!!」

大晦日のタヌキの日焼けがこうもいじられ続けるとは。

まぁ、タヌキだけに尾を引くよね。

 

2. 管理棟探索


そんなことを話してたわたしたちの所へ、かなえさんがすごい勢いで駆け込んで来ました。

「ちょっと女子高生、猫、見なかった?」
「マジかよ・・」
「本当にいるんですね、猫」
「あなたたちは見たのね?どっち行った?」
「あのー、わたしたちも判らなくて。一瞬そこにいたかな、って見えたんですけど」
「猫なんていたら大問題よ。捕まえるから手伝って」

 

《にゃーん》

 

かなえさんに返事をするみたいに階段室から猫の声が聞こえました。捕まえるのはわたし達のほうなのにいい気なもので。

「ああもう、階段はいま上がってきたばかりなのよ。いったいどこに居るっていうの?」

かなえさんが食堂を出て、吹き抜けになった階段室の下をのぞき込みました。ここは3階の行き止まりなので、上にはドーム屋根しかありません。猫の声は階段室に反響して、近いところに居るようにも遠いところに居るようにも思えました。

「キマリ、どういう猫だったの。黒、白、ミケ?」
「うーん、ぱっと見えただけだから判んないけど、多分しましまのトラ猫だった」
「(トラ猫・・?)」
「報瀬ちゃん?」
「ううん、なんでもない」
「猫なんてほんとありえないんだけど、小淵沢さんと三宅さんは2階、玉木さんと白石さんは1階を探してちょうだい」


わたしたちの基地の中心は管理棟と呼ばれる建物で、3階に食堂、2階に娯楽室と病院、1階に食料庫があります。建物の中央には吹き抜けの階段があって、3階と2階からは非常階段で直接外へ出ることもできます。

わたしと結月ちゃんは真ん中の階段を降りて1階へ向かいました。階段の脇には荷物が積まれていて、クリスマスの赤や緑の飾り付けなんかが未だに段ボールでほったらかしです。

「昭和基地って意外と片付いてないんですよね」
「大事な場所はしっかり整理されてるんだけど、ときどきわたしの部屋みたい」
「キマリさんは部屋が散らかってそうです」
「うん。でもね、高2になってからちょっと片付けたんだよ」

食料庫の戸を開けると、倉庫独特の粉っぽい空気を感じました。ここは2階や3階より狭いけれど、常温保存できる食料の棚が並んでいて、猫のもぐり込める場所はたくさんありそうでした。

「キマリさん、こんなところに秘密基地があります!」
「アマチュア無線局なんだって。どうして食料庫にあるんだろうね」

雑多に物の置かれた倉庫で、さて、どうやって猫を探したものかな・・と思っていると、

「にゃーん」

わたしの後ろで結月ちゃんが鳴き真似をしました。すると、

 

《にゃーん》

 

ともうひとつの声が。

「キマリさん、あっちです!」

返事の声がした方を見ると、ワカメ、と書かれた箱の上に何かがいました。

「結月ちゃん、行くよ!」
「はいっ」

わたしたちは走り出しました。食料庫はLの字になっていて、角の向こうへ逃げてゆくしっぽが見えました。あっちの扉は開いてないはずだから、追い詰めたも同然、とわたしたちが角を曲がると・・

「あれ?どこにもいませんね」
「結月ちゃん、またさっきのやって」
「わかりました。《にゃーん》」

 

《にゃーん》

 

今度はわたしたちの後ろ、入ってきた扉のほうから声がしました。

「えーっ、なんでー!?」

慌てて戻ったわたしたちは、扉を出て階段を上がってゆくしましまの尻尾を追いかけました。

 

3. シマシマリ


「結月ちゃん、階段、上っ!」
「はいっ」

さっきからのダッシュで早くもへばってきたわたしは、声を出して、踏ん張って走りました。

「結月ちゃん、意外と、足速い、」
「芸能人は、体力が、命です!」
「よし、わたしも、頑張る!」

一段飛ばしで結月ちゃんを追い抜いて、その先に見えた猫に飛びかかったわたしは・・

「あぶない!」

そのとき、結月ちゃんの声とわたしが足をもつれさせてぶつける音が重なりました。

ごちん!

・・そして、むにゅ?

「大丈夫ですかキマリさん!」
「だ、大丈夫。足・・あと、顔も、打ったけど・・」

顔がなにか柔らかいものにぶつかったような。

「ちょっと見せてください・・って、あのキマリさん?」
「どうしたの?」
「キマリさん、顔、猫になって、ますよ・・」

廊下の鏡に写してみれば、わたしの頭にしましまの猫耳がついて、ほっぺにはお髭。

「キマリさん、やっぱり猫に取り憑かれて!」
「そんなわけない・・いや、あるかも!?」
「ないって言ってくださいよう」
「この顔みてると自信がないよ、どうしよう・・」

わたしたちが階段の踊り場で硬直してると、みんなが降りてきました。

「どしたんだ、おまえら・・って猫だー!」
「なんかすごい音がしたけど・・ってキマリが猫ーっ!」
「ちょっと、驚いてないで助けてよう」


「みんなー? 猫は見つかったー?」

「「「かなえさん、このひとです」」」

三人の指先が、びっ、とわたしに集まりました。

「ひどいっ」

「玉木さんを捕まえて。早く!」
「嫌ーっ」
「なんで逃げるんだー!」
「本能がそうさせるのー!!」

わたしは軽やかに階段へ飛び上がりました。あれ、さっきまであんなに大変だったのに、まるで猫みたいに体が軽い。体育祭で一番の気分ってこんなのかな?

この日、食堂で猫のしっぽを見てからわたしはちょっとふわふわした気持ちがしていました。なにか不思議なことが起こりそうな予感があって、いまわたしはそんな夢見心地でぴょんぴょん飛びながら、3階にあるいちばん頼りになりそうな人の部屋へと飛び込んだのでした。

 

4. ミセス・チッピー


隊長室では吟隊長の前に全員が揃っていました。かなえさん、報瀬ちゃん、日向ちゃん、結月ちゃん、そして猫耳のわたし。

「それで、猫はいったいどこへいったの?」
「ええと、だから、猫がキマリに取り憑いてですね・・」

日向ちゃんが言いかけると、吟隊長はこめかみに指を当てて渋い顔をしました。

「あなたたちねぇ、それにかなえまで、いったいどうしたの」
「うーん、なんでこうなったかは上手く説明できないんだけど・・あれっ、おかしいなー」
「もう。じゃあ、いちから確認してゆきます。このなかで実際に猫の姿を見た人は?」

はい、とわたしは手を挙げました。だけど他には誰も手を挙げてない?

「あらっ、女子高生はみんな見たんじゃないの」
「いえ、声は聞こえたんですけど、」
「私も声だけ聞こえて、あっちにいる、っていうことは判りましたが・・」

「なるほど、実際に見たのは玉木さんだけ、ということですね。次はその玉木さんの耳ですが、」

吟隊長が言いかけたところで、何かずっと話したそうにしていた報瀬ちゃんが切り出しました。

「あの、ちょっといいですか」
「どうぞ」
「キマリが見たのはトラ猫だから、ミセス・チッピーかな、って思ったんです」
「ミセス・チッピーねぇ・・」
「誰だ、その人?」
「むかし南極にいた猫。だけど、南極で死んだ」

報瀬ちゃんの思わぬ話に、沈黙が降りました。南極で死んじゃった猫はいたんだね・・。

吟隊長が重くなった空気を振り払うように話し始めました。

「ペンギン饅頭号の元の名前はしらせね。由来は知ってる?」
「日本人で初めて南極へ到達した、探検家の白瀬、矗(のぶ)です」

報瀬ちゃんが、自分の名前を言うみたいに答えました。

「白瀬が活躍した時代には、南極を目指す冒険者が沢山いた。その中でもイギリスのアーネスト・シャクルトンの冒険は広く知られているわ。シャクルトンの探検隊は氷に閉じ込められて、船を失い、だけど2年近くかけて全員が生きて帰ってきた。そう、少なくとも人間はみんな生きて帰ってきた」
「でも、トラ猫のミセス・チッピーは帰ってきませんでした。南極脱出の旅には連れてゆけないので、犬たちと一緒に殺された」
「そうね。それでも、シャクルトンの判断は正しかったと・・私は思うわ」
「どうして、ミセス・チッピーはここに現れたんでしょうか?」
「じゃあ、まずは魔法を解いてあげる」

吟隊長はいちど息を吸って、

「ミセス・チッピー、ウェリントンへお帰りなさい」

凛とした声でそう言って、両手を打ちました。

 

《にゃーぁ》

 

そのとき、寂しそうな猫の声が、小さく消えてゆくのが判りました。

「これでミセス・チッピーは、居るべき場所に帰った。ミセス・チッピーを愛したマクニッシュのお墓の元へね」
「吟、あなた霊能者だったの?」
「むかしイギリス隊で読ませてもらった越冬日誌の通りだった、それだけよ。隊長の日誌には時々こういう話も書いてあって、悪戯かと思ってたけど、やってみるものね」

「あのー、わたしの猫耳がまだそのままなんですけど」
「それ、クリスマスの出し物よ」

吟隊長がひっぱると、猫耳のカチューシャと付け髭がわけもなく外れました。あれっ、本物じゃなかった?

「タヌキじゃなくて猫に化かされてたんでしょうか、私たち・・」
「キマリだから猫というか、たぬきねこみたいな面白い顔だろうな」
「なんですかタヌキネコって」
「まえに写真送ったろ。報瀬ご乱心~ってやってたカラオケ屋の名前がたぬきねこで、そのキャラクターなんだ」

幽霊のことでぷるぷる震える結月ちゃんを日向ちゃんが元気づけてるようでした(なんかわたしのほう見て笑ってる気がするけど。)それで、吟隊長が解散を宣言して、他のみんなはもうこれで判ったみたいな顔をしてたけど、報瀬ちゃんだけはさっきの問いを繰り返していました。

「どうしてミセス・チッピーは昭和基地へやって来たんでしょう」
「さぁ、判らないわ。だけど、しらせという名前の縁で、白瀬たち冒険者の時代を思い出す何かがこの基地にはあるのかも知れないわね」

わたしが思うに、報瀬ちゃんには、南極を目指すという意志について強い思い入れがあるのだと思います。

たとえ、それが猫であったとしても。

 

5. それから それから


そのあとのわたしたち四人は、食堂のコタツを囲んでぐったりしていました。

「なんかだまされたみたいな気がして納得いかないー」
「悪い。じっさいに見たのはキマリだけだったし、私らも自信なくなってきたんだ」
「あのときわたし、猫だったよね?」
「確かにいつものキマリではありえない俊敏さだったけど・・」

報瀬ちゃん、それはそれでなんか引っかかるよ。

「それにしても今日は疲れた!走り回ったからな」
「つかれたですにゃー、ここはあたたかいですにゃあ」
「結月ちゃん、今日はなんだか猫モードだね・・えっ、結月ちゃん?」
「《にゃーん》」

ごろごろー、とこたつで丸くなる結月ちゃん。

「待って、これは結月ちゃんじゃない、中身は猫よ!」
「おいおい、ウェリントンに帰ったんじゃなかったのかよ」

「・・わたし、よく判らないけど判った。あなた、昭和基地で育った猫のたけしくんでしょ?」
「《にゃあにゃあ》」

すっかり猫語で返事だけど、頷いているように思えました。

「でも、たけしは三毛猫だから・・あっ」

報瀬ちゃんの顔が青ざめました。

「どうした、報瀬?」
「思い出した、南極猫のたけしは三毛猫だけど、縞三毛っていって、トラ猫みたいにも見える猫なの」
「報瀬ちゃーん」
「また報瀬かー。じゃあ、さっきのは茶番だったな」
「たけしは日本に着いたあと行方不明になったので、故郷の昭和基地に帰ったって言われてるけど・・ほんとだったのね」
「《にゃあ》」
「さっきの猫キマリでびっくりしすぎてもう驚かなくなってる自分に驚いてるんだが・・なあ、たけし、懐かしい場所はもう見て来たのか?」
「《にゃあ》」
「そうかぁ、よかったな、」
「ごめんね、たけしくん、なかなか判ってあげられなくて」
「《にゃーん》」

わたしが結月ちゃん(たけしくん)を抱きしめると、もういちど《にゃあ》って聞こえて、それがわたしたちが彼の声を聞いた最後になりました。

 

それから。

 
「あれっ?キマリさん、どうしたんですか?」
「ええと、なんか抱きつきたくなった」
「キマリさんは私に抱きつく時はいつも泣いてますね」
「うん、もう癖になっちゃったのかも」

 


・・そんな風に一件落着して、これは、それからのことなんだけど。


(おいっ。さっきのことゆづに説明するのか?)
(幽霊の話は結月ちゃんにしないほうがいいと思うわ・・)


「ところでみなさん、何か隠してますよね?」


(おしまい)