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終わらないパーティー(第二夜)

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1.町について

御茶ノ水駅の近くに建つ病院の屋上へ昇ってみよう。そこには西木野真姫という名前の小さな女の子がいる。屋上のはしっこに立って遠くを見ている。東西へ流れる神田川、そこが昔、舟の往来でにぎわったということは社会科で習っていた。しかし、真姫はその行く先を知らなかったから、想像の舟は霧に包まれてどこかへ消えていった。

川と南北に交差する線路は、秋葉原、上野を経てはるか北へと続いてゆく。この町に日本最大の市場があったころ、東北から汽車に乗って溢れんばかりの物がやってきたという。幼い真姫はその積み荷を想像できないが、いま眼下を行き交う車両たちはなにか遠くからの消息を伝えるものであるように思えていた。

だから、その声が聞こえたのは遠くからだか近くからだか判らなかった。足元に広がる町を探してみると、向こうに見える学校の登下校の声やグラウンドに集まるひとたちの声が聞こえるような気がした。汽笛か、もしかすると鳥の声だったのかもしれないが、音ノ木坂学院の歓声はそんな風に真姫の古い記憶として残っていた。

 

2.年齢について

あのころ考えていた将来にたどり着くまで、高校というのは中間地点なのか、まだ始まりに過ぎないのか、あるいは、もう全ては決まっていて、彼女は終わりの場所に立っているのか。高校へあがった西木野真姫は二つ年上の矢澤にこと出会った。将来というものが等しく誰にもあるとして、にこは真姫よりも二年分それに近い場所にいる、ということは少なくとも言えるだろうか。いや、高校一年の真姫と高校三年のにこは歳が二つ離れているが、ふたりの誕生日のはざま、4月19日から7月21日までの間、歳の差はたった一つになる。そのとき西木野真姫は16歳で、矢澤にこは17歳だ。

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16歳と17歳の関係について、もうすぐ17歳(Sixteen Going on Seventeen)という歌が広く知られている。サウンド・オブ・ミュージックというミュージカルの歌であるが、僕は映画でしか知らない。しっかり者の長女リーズルは、ひとつ年上のロルフに恋している。歌詞だけをみると17歳のロルフが16歳のリーズルに先輩風を吹かせ、世間知らずのリーズルがロルフを頼りにしているが、実際はリーズルのほうがお姉さんのようで、高い場所からロルフに唄いかける。なんにしてもふたりが楽しそうに唄って踊っているのがよい。どちらが年上かなんてことはお互いのこと考えるときのきっかけ程度のものだ。年上だから、頼りになるの。年上なのに、甘えんぼさんね。どちらだっていいし、両方でもいい。

真姫が16歳になるとき、矢澤にこはもうすぐ18歳だ。一足先に階段を昇って、また追いついて、終わらない追いかけっこが続く。卒業して、20歳も越えて、30になっても、すこし年上だから、すこし年上なのに、ずっと愛しい。そしていつか将来だと思ってた暗がりは、もうとっくに終わっていたのだ。

 

3.音楽について

小五の頃、ヤマハの個人レッスンを受けていた。当時はまだ珍しかった学習塾に通いながらエレクトーンのほうもだいぶやっていて、発表会に出ることができた。発表会のエレクトーンはすごいやつだ。自宅のはレバー調整のレトロな電子オルガンという体で、先生の家にあるのはボタンのきらめくシンセサイザー、発表会のステージにあるのは音の鳴るコンピューターというような姿であった。発表会本番ではあらかじめ複数パターンの音色をプログラム入力する必要があったため、近くにあったヤマハのスタジオで発表会と同じエレクトーンを借りて練習した。そういうこともあって、それは晴れやかな舞台に思えた。

エレクトーンという鍵盤楽器についてもう少し説明したい。エレクトーンは鍵盤が三段あって見た目にもピアノと異なっているが、電気仕掛けであるところが子供心には面白かった。電源のスイッチを入れないまま鍵盤を弾いても電子音は鳴らないが、ぽす、ぽす、と鍵の下りる音だけは聞こえた。この誰にも届かないかすかな衝突音が好きだった。

発表会が終わって六年生になると、受験に専念するためレッスンを止めた。エレクトーンは後からいつだって出来ると言われた。ずいぶん経ってようやく受験とは縁がなくなったころエレクトーンを探しに行くと、それはあの、けいおん!に出てくるJEUGIA三条本店であったが、そこでエレクトーンというものが昔と比べて数の少ない、やや独特の楽器になってしまっていたことを知った。それで僕はいま鍵盤が一段しかなくて慣れない普通のキーボードを弾いてるのだけれど、電源を入れずに弾いたときの、ぽす、ぽす、という音だけは変わっていない。

μ's 6th シングルのOVAでは、西木野真姫が弾くピアノも弦が切れたみたいに、ぽす、ぽす、と音を立てた。ピアノには電源がないためこれは異常事態であるが、僕には懐かしく思える音だったのだ。鍵盤を弾くとき、かなで、外へ響く音があって、だけどそのとき、ぽす、ぽす、という鍵の下りる音もまた鳴っているのだということを知る。それは自分にだけ届く音楽ではないだろうか。

学校の音楽室で、七不思議みたいにもうひとりの自分のような誰かと出会うとき、ピアノの音は広がるのをやめて自分の元へ帰ってくる。そのとき外側はもうなくて、彼女はただ音楽とともにあった。

 

4.魔法について

音楽のなかにいるひとは、自らが音楽であることを知るだろうか。絢瀬亜里沙が μ's にときめくとき、彼女らは自らがときめきであることを知るだろうか。マジックのなかにいた西木野真姫は「マジックが使えるなんて」という高坂穂乃果の言葉が判らない。ただ、絢瀬絵里の心配は伝わってきたから「ごめん」と謝りたく思った。夢の中、とは前日に真姫自ら言っていたことであるが、それが再び絵里の言葉にも出てきてびっくりする。マジックなのか夢なのか判らないが、学校の音楽室で出会った誰かと自分はともにいて、ずっと好きだったなんて照れくさいことばかり言うその誰かの言葉は、自分の言葉でなかったとしても恥ずかしくて言えない。

学校のなかにいる彼女らは、自らのことを知るだろうか。それがどんな時間だったかそのときには知りようもなくて、何年も経ってから照れくさい言葉になりそうなその未来の言葉を、魔法は今に伝える。あのときも小さな真姫は、未来の歓声を聞いたのかも知れなかった。

 

(2013年12月8日)