疏水分線

ソガ/疏水太郎のブログです。

夜にひとり出てゆく

旅の夜、みんなから離れひとり宿を出てゆく。

一度目は海だった。学部最後の夏、徳島の阿南で合宿をした。はたしてどの辺りだったか? 20年経つと記憶が怪しいのでこの機会に振り返っておきたい。それは Google マップのストリートビューが手伝ってくれる。あのとき私が見た夜の海辺は北の脇海水浴場の堤防からの眺めだった、と思う。

しかしストリートビューに夜更けはこない。暗いと写真撮れないからね。Google が必死に集めているのは昼間の世界であって、私が20年前の夜に見た堤防は未だ私の記憶にしかない暗がりの世界である。

宿の宴がもうぐだぐだになった頃だと思う。当時はあまり飲みもしない缶ビールを片手に部屋をひとりで抜け出した。宿から海までは鬱蒼とした繁みが続いて暗かった。暗いことは願ったりだ。なぜって、私はたぶん星を見に行ったからである。

堤防のコンクリートに座り、傍らに置いた缶一本を友にして、いや、さして飲みもしないのに気分で持ってきたものだから缶ビールには悪いことをした。あまりおいしいとも思わなかったビールを片手に星を見上げた。空は薄曇りだった。

大人になってからの海水浴はこれが最初で、そして最後だった。はじめて海水パンツを買い、どういうものかよく判らずについていった。ただ、海辺は明かりが少なくて星がよく見えるだろうという予感だけはあった。実際に行ってみると、よく判らない宴会から抜け出して独りになりたいという気持ちもそれに加わっていた。

その夜、アンタレスくらいは判っただろうか。とくに早見盤の準備はしてなかった。今ならスマートフォンの早見盤アプリで確認できるのだが。それでも1時間ばかり星を眺めていた。星のことを積極的に知りたくなってから初めての海だった。

宿に戻って、1時間ほど勝手に抜け出していたのであるが、特に何も言う人はなかった。

 

二度目はコミケ旅行の夜で、東京の上野にみなで宿泊した。夜はなかなか眠れないほうで、何人か同じ部屋のときは特に困ったのだが、その夜も緊張で眠れないでいた。みなが寝静まったころに部屋を抜け出して、東京なので外に出るのも怖くて館内をうろついていると、ホテルの中だというのに妙に風情のある開けた場所に辿り着いた。ここは水月ホテル鴎外荘といって、ホテルの中に森鴎外の旧居が保存されているのだった。夜なので照明の落ちた旧居をホテルの廊下からずっと眺めて夜を過ごした。

ずいぶん経ってから部屋に戻ると、ひとりの先輩が「どうしたの?」と声を掛けてくれた。出て行くときに気がついたのか、あるいはトイレにでも立ったとき、ひとつ蒲団が空いてることに気付いたのか。そして、私が戻ってくるときにもまだ起きておられたのだった。

そのとき、夜にひとり出てゆく自分の気持ちというのをうまくは伝えられなかったのであるが、いつも誰にも言わず勝手に遠くへゆく自分にとって、それでも他の人間の気持ちについて深く感じ入る出来事だった。

 

と、そうした昔のことを、読んでいて鮮やかに思い出したのだった。

あの頃の青い星1

あの頃の青い星1