疏水分線

ソガ/疏水太郎のブログです。

桜より少し前の季節に

小鳥桃葉の話をしたい。おどりももは、と読んでほしい。

アニメ《がくえんゆーとぴあ まなびストレート!》の放送10周年が記念され、dアニメストアでの配信が始まった。*1 放送当時には6話までしか見てなかったので桃葉のことはあまり判らなかったが、この機会に最後まで見ていっぺんに好きになった。

1.生徒会室の居候

高校の生徒会が舞台の作品で、まずは役員でないメンバーが割と部屋に居着いてるところが良かった。生徒会長のまなび、書記のみかん、はじめの役員はこのふたりだけで、助っ人で来ているむっちー、出入りするうち途中で役員になっためぇ、そして報道部だけどなぜかよく居る桃葉、生徒会室のメンバーはこの5名である。

こうした構図は第2話であっという間に築かれている。ムービーカメラを手に生徒会室へついてきた桃葉は、既にこの部屋のメンバーみたいに思われている。部屋のリフォームを取材する桃葉に対してはこうだ。

めぇ「ちょっと、あなたも手伝いなさいよ!」

桃葉「わたしは、生徒会役員じゃないしー」

めぇ「わたしだってそうよ!」

桃葉「じゃあ、なんで手伝ってるんですか?」

めぇ「べ、べつにいいでしょ」

 役員でもないのにペンキ塗ってるめぇも良いし、めぇが桃葉のことを既に数に入れてるのも良い。なんで手伝ってるかなんて知るか。同じ部屋を何度も訪れたことそれ自体が理由だ。めぇも、桃葉、あなたもそうでしょうよ。

それにしたって、桃葉は生徒会の仕事をしない。役員でなくとも仕事はしているむっちーやめぇとは違うのだ。桃葉は彼女らが仕事をしてる横で何もしてないか、別のことをしているかである。あまりに生徒会みたいな顔してそこに居るから気づかなかったが、もしやと思ってシリーズを初めから確認したら、メンバーと一緒に部屋にいたり一緒にどこかへ行くことはあっても生徒会の仕事はやらない。生徒会室から見れば桃葉は居候といってもよい。

 生徒会室の鷹揚さについては、第2話の上の続きでまなびが語っていることだろう。

まなび「たまり場、たまり場を作りたかったんです」

まなび「ここは、この学園が大好きだったら、誰でも大歓迎なカフェです。生徒会役員じゃなくてもオッケーです。」

 生徒が生徒会室を訪れる様子は後に少し描かれるが、このたまり場へやってくる生徒の代表格が桃葉であった。

 

2.三杯目には sotto voce

第6話までの彼女らは、生徒会室という場所に、またお互いに受容されていった。その一方で、第7話の前半では生徒会室メンバーがみな桃葉へ素っ気ない対応をする場面が描かれていて少々きつい。夏休みの終わりで生徒会の仕事が切羽詰まってるときに、桃葉が関係ない話を振ってくるからではあるが、それまでの様子との落差は感じた。第10話で桃葉からの手のひらタッチをめぇがスルーするのもなかなかきつい。ギャグ風味ではあるのだが。

 この温度差を見て、桃葉はなんでこの生徒会室に出入りしてるんだったっけな、ということを改めて考えたのだ。みんなからの温かい反応を期待してるから、というよりもっと、まなびがなんか面白そうに思えたから、という第1話、第2話あたりで彼女が得たであろう直感、その自分が面白いと思える気持ちにずっと忠実で、メンバーからそっけなくされても、まぁそれは二番目くらいになる問題で。

しかし、そういう一方的な好意は、まぶしいものではないだろうか。

第9話で桃葉が映像ジャックしたことは、結果として生徒会室のメンバーを動かすが、先生に取り押さえられた桃葉がその後みんなに感謝された様子も描かれないのは美点だったのではないか。じっさいメンバーが感謝してないということではなく、そうした様子を描写することが桃葉にとって余分で。

桃葉が面白いと思って好意を抱いた気持ちの集成が、ライブステージへまなびを押し上げたこと、花火、そして、彼女のフィルムであった。

 

 3.居候≒ナカマということ

居候とは私が勝手に呼んだ言葉であるが、作中には《トモダチからナカマへ》という標語があるため、そちらに沿うかたちでも話しておきたい。《トモダチからナカマへ》はみかんとめぇが考えた学園祭の標語である。作中でのナカマが何を指すかは、ほぼ第10話が答えといって良いだろう。第10話の題は《集う仲間たち》であり、集った生徒たちがどういう様子だったかといえば、みんなで一緒に何かをやった、そのことが良かったのだった。

めぇ「みんなでやる学園祭は楽しいに決まってる、か」 

 この、みんなでやる、とは何かをもう少し掘り下げると、

めぇ「ナカマと何かをすることの楽しさを知ったから」 

 でして。何かを一緒にするとき、その相手をナカマと呼ぶことができる。じゃ、トモダチってなんなのよ?

 《トモダチからナカマへ》であるから、トモダチは何かを一緒にはしないのね。トモダチって言える関係と、一緒に何かするっていう行為を彼女らは分けて捉えているのである。

桃葉って彼女らのトモダチなんすかね、ナカマなんすかね?

同じ生徒会の役員ならトモダチくらいは言っても良さそうだけど違うし。他のメンバー同士みたいにふたりだけで手を繋いだり、抱きついたりってのもしてない。トモダチって呼んでもいいだろうけど、他のメンバーと違ってる独特の関係を何かここで言い表せないだろうか。

 

だけど、そうよ、ナカマはわりと近いんじゃないかな。確かに生徒会の仕事はしてなかったけど、一緒になんかはしてて、新生徒会室の掃除のときも彼女だけ肝試しやってたけど、ああいうのはもう一緒になんかしてたといってもいいんじゃないか。関係は不明、作中で桃葉の肩書きは《謎》と書かれていた。だけど、行為だけはあった、ということ。トモダチとはすっきり言えないかもしれないけど、ナカマとは言えそうで、そうすると桃葉はナカマの代表格としてシリーズを通してそこに居てくれたんじゃないか。別のことをしてたって一緒に何かをしていることは出来る、という極端なその行為のあらわれとして、さ。

最終回ではおさらいみたいにもう一度、彼女の立場が確認される。

むっちー「えっ、うち? ていうか、正式な役員じゃないんですけど」

桃葉「気にしない気にしない」

めぇ「そういう小鳥さんも、正式な役員じゃないし」

桃葉「気にしない気にしない」

桜舞う卒業式の日に、もう一度、何を確認したのだろうか。桜の花はこの作品のモチーフとして繰り返し用いられてきた。ここでは桜の意味は問わない。むしろ、3月3日、桃の節句に生まれた桃葉のことを思おう。桜より少し前の季節に桜みたいに咲く桃花の、近いようで遠い色に触れよう。

友達より少し後ろでカメラを回す彼女のことを話そう。

 

(2018年3月25日 疏水太郎)