疏水分線

ソガ/疏水太郎のブログです。

送り出される声について

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《劇場版 響け!ユーフォニアム》はおよそテレビシリーズ版の再編集ですが、声をぜんぶ録り直したり新しいカットもあるということなのでむむむと集中して観てきました。帰宅してからお風呂に入ったりしてぼーっとしてるうちに黄前さんの声や作品中の音について改めて思うことがあったのは、劇場版に刺激されたからかもしれないし、テレビシリーズから1年が過ぎて少し距離を置くことができたからかもしれません。

わたしは黄前さんの声の様子に引き込まれて、テレビシリーズ第1話の冒頭をなんども繰り返し見たものでした。ここでは吹奏楽コンクールの場内がざわめくなか、黄前久美子さんのつぶやきだけが漏れ聞こえてきます。ひとりごとだった声のそのまま続きであるみたいに、次の声は彼女の隣にいる少女へと向けられます。ひとりの声は黄前さんと高坂麗奈さんひとりずつの声になって、そこで黄前さんがまたひとりごとのように漏らした声から、ふたりの会話が始まるのです。

黄前「本気で全国行けると思ってたの」

高坂「あんたは悔しくないわけ」

話の筋としてはこの会話が黄前さんと高坂さんのふたりを引き寄せ合ってゆくのですが、わたしはここで黄前さんがひとりごと以上会話未満で声を送り出してゆく様子が神秘的に思えて、強く惹かれたのでした。

 

今日になって思ったことは、黄前さんの声がこんな風にわたしに飛び込んで来たのは吹奏楽コンクールの結果発表があったことと、その発表を受けて場内がざわめいていたからじゃないかということです。それはぜんぶ、第1話の冒頭で黄前さんが声を発する前に起こったことです。はじめ黄前さんは同じ部の佐々木さんと一緒に結果発表を待っていて、佐々木さんが黄前さんに話しかけています。そして結果発表のあと佐々木さんは席を立って黄前さんだけが残されます。しかし、それまでふたりで居て、周りの人のざわめきにも満たされていたなか、不意に人の声が消えて静かな劇伴へと切り替わります。ひとり残された黄前さんの「金だ……」というつぶやきが送り出されたときにはもう、周りの人、周りの声から切り離された黄前さんだけの時間が始まっているのです。心のなかが漏れてくるみたいなひとりごとの時間のなかで、周りの声を遮断した劇伴のままに、高坂さんへ向けて声が送り出されてゆくのを聞くたびにわたしの胸が震えます。

ひとりになって、周りの声も聞こえてこないのに、隣で高坂さんが泣いてる声だけが聞こえてくるんですよ。

黄前「高坂さん、泣くほど嬉しかったんだ」

これはまだひとりごと。だけどこのあとすぐ高坂さんへ視線を向けての

黄前「良かったね、金賞で」

って、ひとりごとの続きのままで、隣のひとに声が送り出されるのですよ。

高坂「くやしい、くやしくって死にそう。なんでみんなダメ金なんかで喜べるの、わたしら全国目指してたんじゃないの」

それを受けた高坂さんの声も、くやしい、って自分の気持ちが誰に向けるでもなくそのまま口に出てるのと、《みんな》《わたしら》のことを言ってて、直接黄前さんへの返事でないように聞こえます。そのあとようやく

黄前「本気で全国行けると思ってたの」

高坂「あんたは悔しくないわけ」

ここで《あんた》が出てきてついに黄前さんと高坂さんの会話になったように思えるのです。

だからね、周りから切り離されたひとりの声がすこしずつスライドして、繋がって、会話になる。その会話になるまでのところで、ひとりのはずが隣に人がいて、どうしてそちらへも声が送り出されてゆくのか、そういうことがとても不思議で、魅力的なのです。

 

【誰がきいてるかなんて知らない】

思えば黄前さんと高坂さんというのは、周りの声なんて知らない、ふたりだけが声を交わしてる時間がこのコンクールの日にあったのですね。県祭りの夜、大吉山でふたりだけで演奏したことはその再演だったと言えるでしょう。

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私が大吉山へ登ったのは昼間のことでした。JR奈良線が宇治川橋梁を渡る音がこの大吉山展望台まで聴こえてきました。あの夜、県祭りの喧騒は大吉山まで届いたでしょうか。あるいは、ふたりの演奏は地上の県祭りまで届いたでしょうか。

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そういえば、高坂さんが学校脇の高台でドヴォルザーク「新世界より」を吹いていたとき、それは黄前さんが聞いていました。だけどあのとき高坂さんはべつに黄前さんに聞かせようと思っていたわけじゃなくて、自分が吹きたいから、ただ自分の時間のなかでひとり吹いていたのだと思います。

そうして、県祭りの夜のことをもう一度、思い出したいのです。あの夜はみんな周りのことなんかよりも大切な自分や自分たちのために過ごそうとしてたと思うんですよね。三年生組、二年生組、加藤さん、川島さん姉妹、長瀬さんと後藤さん、そして高坂さんと黄前さん。展望台からの演奏が仮に誰かに届いたとして、誰が聞いてるかなんて知らなくって、ふたりで吹きたかったから吹いた。

ただ、かつて黄前さんが聞いたように、わたしのところにもそれが運良く聞こえてきたということなのでした。

誰がなんと言おうと知らないって風に黄前さんが高坂さんのオーディションを支持するとき、大吉山でのふたりの演奏が思い出されるのです。あのとき、黄前さんのところに高坂さんの音が聞こえてくるんじゃなくて、黄前さんは高坂さんの隣で音を送り出していて、そうしていると周囲の音は静かになっていって、ひとりみたいなふたりみたいな時間が生まれて、ほかの誰のことも関係ないよって気持ちになるんじゃないでしょうか。