疏水分線

疏水太郎/ソガのブログです。

白石結月さんと夜のヴィジョン

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目が覚めたとき、たかだか夢を見たというだけなのに心をかき乱されて、切実なところに触れられてしまうことがあります。夢の内容は自分の意志でどうにもならないから、意志の働くところを描きがちだった「宇宙よりも遠い場所」において、第3話のような夜みる夢に心を揺すられる話が交じってることは大きく採りたいと思います。

このことはすでに絵の中で簡潔に触れたつもりですが、もう少し言葉を書いてみようと思います。

第3話の夢で印象深いのは、結月さんの目の回るような落下でした。カメラは窓側から結月さんの足裏を捉えた後、今度は見上げて結月さんの顔を映し出します。はしごがゆらっとする様子も、ゆっくり倒れてゆく様子も心臓が縮みます。風はもの凄く、葉っぱが舞い、髪も大きく乱れています。いわゆる5月の嵐でしょうか、そんな夜に手がかりのない3階まではしごを掛けて、ついには落下するスペクタクル。色合いもいいですよね、それは月明かりだけの神秘的な夜でして。そんな風に、この夢が結月さんにとってドキドキするヴィジョンであったことは映像としてわたしにも伝わってきました。

結月さんが高所でドキドキすると言えば、彼女が高所恐怖症であることも思い出されます。高所恐怖症という言葉が第7話に出てくる他、ヘリで輸送されるのを怖がるなどいつもその様子が描かれています。ヘリは誰でも慣れない内は怖い気がしますが、キマリさんと日向さんが初めから平然としてるため、結月さん(と報瀬さん)が相対的に怖がって見える面もあります。それにしたって程度はともかく結月さんが高所を苦手としてることは確かでしょう。

だけど、夢の中ではいつもみたいに高所を怖がってるという様子じゃないんですよね。ドキドキするような映像ですが、びくびくはしていない。結月さんが僅かな緊張とともにキマリさんのほうへ伸ばした手は、しかし、震えてはいませんでした。

目が覚めた後、夢のことを思い返して笑う結月さんは、会ったばかりの三人が夢に出てくる不思議さ、彼女らがなぜか窓からやってくるという面白さ、キマリさんと手を繋いだときの意外な実感、そして、普段の自分ではありえない高所での冒険、たぶんそういうことがまぜこぜになって、なにそれ、なんかもういろいろ可笑しくてならなかったのではないでしょうか。

それに、昨日抱きしめられた相手と手を繋ぐ夢みるのむっちゃ恥ずかしいですよね。会ったばかりの人なのに、わざわざ来てくれて手を伸ばしてくれる、わたしもその手に触れちゃうなんてありえないよね、なんて、たかが夢のことなのにいろいろ考えてしまう。そして笑った後、胸がちくりとすることに気づく。

他愛なく気持ちが浮き沈みしてしまうのも、ヘリに乗り込むたび報瀬さんは我慢してるのに結月さんは遠慮無く震えていられるのも、他の三人と比べたときのあどけなさではあるのですが、結月さんはその分、三人よりも夜みる夢と近い場所にいることが出来てるんじゃないでしょうか。例えば誰かと手を繋いだっていうそれだけをとっても、架空のことだけど、しばらく抱えていたい大事な出来事じゃないですかね。そういう夢で出会ったこととも、善し悪しだけど、ひとつひとつ寄り添ってゆく。

夢に気持ちを揺らされるなんて誰にでもあることかもしれませんが、作中ではそれが結月さんの元にだけ現れて、その夢はめくるめく映像で、見る人の心を叩いていて、そういう秘密めいた夢の訪れと夢見る人のことを私は美しく思います。

個人的に、美しいヴィジョンは個人を超えて溢れ出してゆくものであってほしいと思います。第3話のときは結月さんだけのものだった嵐の夜のスペクタクルへ、第8話の「吠えて、狂って、絶叫して」では結月さんのいざないによって四人が一緒に巻き込まれてゆきました。《ちょっと外行ってみたいですね》という結月さんの言葉は呪文で、扉の向こうに再び嵐の夜が開かれました。ここでもまた結月さんは揺れに揺れる高い手すり際を怖がることなく、今度は4人で一緒にその姿を見つめます。

夢の溶け出した夜に雨は塩の味がして、それは高波であって、海に放り出されそうになることさえ可笑しくってならない。それはもう思慮分別もなく馬鹿げてるけど、抱えていたい大事な瞬間で。

そんな風に、結月さんが三人ともたらしたありえないみたいな夜の姿を、私はたいへん好ましく思います。そして、映像や音楽も大きく寄与したファンタスティックをどうしたら言葉にできるのか、自分のなかで理の退いたひとときをどうしたら捉えることが出来るのかを、悩ましく思いながら書いています。

 

(2018年5月7日 疏水太郎)