疏水分線

疏水太郎/ソガのブログです。

マイレコメンド「宇宙よりも遠い場所」

「宇宙(そら)よりも遠い場所」は、南極をきっかけに巡り会った四人の道ゆきを描くテレビシリーズ作品です。略して「よりもい」とも呼ばれます。この文章は作品の大まかな流れにも触れつつ、まだ「よりもい」を見ていないかたへ向けて作品の魅力を伝える目的で書きました。

では、早速ですがご案内したいと思います。


高校生の玉木マリことキマリは、新しい一歩を怖れる人でした。失敗しないかな、後悔しないかなという気持ちでいつも胸が詰まってしまうのです。しかし、この怖れを振りほどけるほどの情熱がある、ということを同じ高校生の小淵沢報瀬に感じたとき、キマリの中にも旅立つための力が湧いてくるのでした。

序盤のこうした流れを支えるのが、ときおり挿入されるモノローグと重なる叙情的な映像です。たとえばそれは、キマリが幼い日に愛した砂場の思い出。砂のダムから一気に溢れ出す水のような気持ちが、いままたキマリの力となっています。キマリが報瀬とともに南極へ駆け出す様子は、水辺のキラキラした映像とともにあって、そこを一直線に貫く新幹線に寄せて描かれているようです。「よりもい」を見るとまずは、情感を伴った映像の美しさに心を奪われます。

さて、気持ちが真っ直ぐでも旅路はそうもゆかず、彼女たちは小さな道ゆきを重ねてゆきました。旅の同行者はみな南極を目指しているものの、それぞれ別の思いも抱えていることが判ってきます。新幹線にワゴン車、飛行機や砕氷船でゆく旅路に、見知らぬ夜の街、人里離れた高原、異国の街はどきどきして、騒動もあって、酷い目にあって、馬鹿みたいに笑って、そのなかで見える人の心の動きも初めて触れるようなことで、キマリのずっと望んでいた「青春」がここに浮かび上がってきます。

キマリと報瀬の「嘘ついてない感じ」に惹かれ、ふたりを信じてついて行くことにしたのが三宅日向です。その背景には、彼女の通っていた高校で人々が見せた行動への不信と、結果としての高校中退がありました。高認を取って志望校も合格確実という努力家の彼女は、16歳の自分の今しか出来ない体験を貪欲に求めます。ここから始まる日向のやんちゃな道中は、信じられる仲間を得ることが出来た喜びに溢れています。

最後に登場する白石結月は、幼い頃からタレントの仕事に生活を削られて、高校生になってもまだ友達のいないことを解決したいと考えています。友達を求める彼女の大胆な行動は、報瀬たちに南極への足掛かりを与えることになりました。また、どうしたら友達を作れるのか考え続けた結月の執念は、彼女らが友情の形についてそれぞれの言葉で語る糸口をもたらしました。

自分の思いをなるべく言葉にすることが、本作品の大きな持ち味となっています。それは「ざまあみろ」という小気味よい叫びであったり、静かに語られる胸の内であったりもします。キマリは第1話においてあまり洗練されない感じも見せるのですが、それでも自らの怖れについて親友のめぐみに語る時には、自分の気持ちと向き合った言葉をひとつひとつ明確に刻んだ話しぶりとなります。それは、相手のことを考える自分の気持ちについて言葉にするときも同じです。人間に対して真摯に向き合った言葉と、そして大胆な行動とで前進する彼女たちの姿は、極地の自然に対峙する観測隊の姿と重ねることで、本作品を挑戦の物語としても成立させています。

だけど、言葉にできることばかりじゃない、ずっと聞けないでいること、言いたくなかったこと、夢みたいでうまく言葉にできそうもないこともやはりあるのです。結月の友達作りはどこへ到達したのか。繊細な日向がいつも割り切りの良すぎる名言を口にする訳は。そして、冒頭で報瀬の示した南極とは、彼女にとって単に距離や実際の条件において「宇宙よりも遠い場所」だったわけではないこと。はっきり言葉で進行する物語の裏側では、彼女たちの抱えてきた感情も細やかな描写とともに紐解かれてゆきます。

よりもいは、登場人物から慎重に拾い上げた言葉で組み立てるドラマを支柱として、映像や声や音楽が、登場人物の、ひいては私たちの感情を揺らしてくる作品です。その見事なアンサンブルをぜひご堪能ください。

 

(2018年6月25日 疏水太郎)

 

宇宙よりも遠い場所(公式)

 

宇宙よりも遠いファンタスティック(後編)

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私は「宇宙よりも遠い場所」に登場する夢や、夢みたいなことの描かれるさまが大変好きです。昔からこういうのばかり好きなので、作品中の幻想的な出来事に宛ててどういう言葉を送り出せば届くだろうかと、ずっと取り組んでいます。なので、今回もそうした試みの文章となります。

以下ではアニメ版第12話までの話を含みますので予めご了承ください。また、後でも構いませんので(前編)のほうも読んでいただけると嬉しいです。


(1) 夢うつつの境

宇宙よりも遠い場所」という作品では、超自然的な出来事は起こりません。話を駆動するのは主に登場人物の意志を伴った言葉と行動です。ただ、あまりその意志ばかりに頼むのも窮屈なためか、ときおり普通じゃない体験が夢やそれに近い形でやってきて、登場人物の気持ちをわっと揺らしているように思われます。

夢といえば最もそれと判るのは第3話「フォローバックが止まらない」で結月さんが夜見る夢です。窓から三人がやってくるという変な夢で、そんなわけないのだけど結月さんが友達を求める心に応えたみたいでもあって、北海道の同級生よりも出会ったばかりの三人のことを自分は求めちゃってるのかな、という不思議な感じもあって、それに窓から落ちるのはびっくりするし、どうしてそんなことが起こるのだか可笑しい。はちゃめちゃな日々が始まりそうな予感だけ残して目が覚めてしまう。だからそれはおかしくって、でも今の自分とは違っていて切ない。

第3話の窓辺の出来事が実際のことではなく、結月さんが夜見る夢にほかならないというのは、細心の注意で区別されています。ベッドから落ちたところで途切れるというだけでなく、ホテルの窓が実際は人が出入りできるほどには大きく開かないことをわざわざ確認しています。個人的には実際のことと夢みたいなことの境界は明確でないほうが好みですが、本作はそれを許さないのだなと初めて見たときには思ったものです。

この作品はやはり人がどうにかするという話であって、そこへ夢みたいなことを差し込むときには、なるべくそれと判るようにしているのだと思います。第12話では雪上車の夜に報瀬さんが貴子さんと吟さんの幻を見るという場面があります。ここでも貴子さんの姿は半透明で光を帯びて、吟さんも同じような光を帯びていて、実際の車内の様子とは絵の上で区別されていました。これは報瀬さんが半ば眠りのなかで見てる夢とも思えますが、強く目を見開いたままキマリさんからの呼びかけに気づく様子は第3話の目覚めと異なる描き方なので、ここでは幻としておきます。


(2) 夜の嵐

実際のことと夢や幻とを区別するにしても、夢をどういう文脈で導入するかによって大きく印象が変わります。真昼の活動中に見る夢と夜にベッドで見る夢とでは思いがけなさが異なるでしょう。「宇宙よりも遠い場所」では夢幻の時間は夜に訪れるので、あまり突飛にならないよう注意が払われているのだと思います。さらにいうと、第3話は5月の嵐の夜の夢で、第12話ではブリザードの夜に見る幻となっています。嵐の夜というのはいかにも心になにか打ち寄せてくるような気がします。普通ではない気象に心を揺らされるそのなかに夢や幻が無理なく伴うよう描かれているのだと思います。

さて、嵐の夜の出来事といえばもうひとつ思い出される場面があります。第3話と第12話のちょうど間くらい、そう、第8話「吠えて、狂って、絶叫して」にも嵐の夜が訪れています。嵐の夜であればこそ、夢みたいなむちゃくちゃな時間が訪れています。あの夜の海が実際の出来事であるというのは、第3話と第12話には覚める瞬間があってこちらにはないことから書き分けられています。その一方、嵐の夜と翌朝とは不連続で、まるで昨夜は何事もなかったかのように平穏な朝が訪れています。昨夜のことに少しでも触れられていればそれは実際のこととして根を下ろすのですが、ここはあえて浮ついた感じを残して、あれがまるで夢みたいな時間だったことを立たせているのだと思います。

宇宙よりも遠い場所」をシリーズ通して見ると、夜見る夢(第3話の嵐の夜)と夢みたいな出来事(第8話の嵐の夜)と幻視(第12話のブリザードの夜)との間には、絵の透明度の違いや覚める場面の有無によって丁寧な書き分けを認めることができます。夜の嵐が定番めいて3度巡ってくるのですが、それぞれに別の角度からありえないような体験を差し込んで、4人の旅を彩っていることが判ります。


(3) 夢かうつつか、寝てか覚めてか

ここまで夢か幻かはっきり言葉として出てくる場面はありませんでしたが、作品中で「夢」という言葉が明示的に使われる箇所があります。これまでになく、夢とあえて言わずにいられない事態がそこでは起こっていて、それは第12話冒頭の報瀬さんの言葉にあります。

「それは、まるで夢のようで。あれ、覚めない、覚めないぞ、って思っていて。それがいつまでも続いて。まだ、続いている。」

あれだけ実際的な行動をしてきた報瀬さんが、一方で夢のような時間の中にもずっといたという告白でした。この言葉の射程は長く、ひとつひとつの夜に収まるものではなく、報瀬さんがキマリさんと出会う前から今までの間、ずっとということになります。

報瀬さんだって日々の暮らしと夜見る夢との区別はついているわけですが、そうだとしてもこれは夢じゃないのか、という、そんなはずのない言葉でしか表わせない思いを抱えているのでしょう。第9話で報瀬さんが「どう思っているかなんて全然判らない」と絞り出すように話した困惑は、第12話では夢という言葉に現れています。

第12話では夢という言葉を伴って報瀬さんの困惑がシリーズを遡って広がってゆきます。報瀬さんがここまでずっと訳の判らない思いを抱えたままで、母親のいなくなった場所へ向かうしかなかった。そのことを一気に振り返った上で、いよいよ旅の終着点へ近づいていることが判ります。

その極まった状況で、覚めない夢はついに彼女の目の前に出てきてしまう。

報瀬さんの日々が「まるで夢のようで。あれ、覚めない、覚めないぞ」ってなってる、その夢というのはそう言葉にするしかない喩え話だったのですが、雪上車の夜に、ついには報瀬さんの目の前で貴子さんと吟さんの過去が幽かに甦ります。核心の地へと近づく中、尊い幻視と出会って、そんなどうかしてしまいそうな瞬間にこちらへ呼び戻してくれるのが、キマリさんで。

「報瀬ちゃん・・大丈夫?」というキマリさんの呼びかけ。具体的な何かに対して大丈夫かと尋ねたようではなく、報瀬さんの様子がどうにも気がかりだ、という第12話において一貫したキマリさんの態度ではあります。だけどこの雪上車の夜の《大丈夫?》は特別で、何年もの間、夢のような時間をずっと抱えていたすべての報瀬さんに届く言葉であったように思えます。

キマリさんが声を掛けた一瞬は、ふたりの出逢いからずっと共に走ることはあっても交わることのなかったキマリさんの青春と報瀬さんの覚めない夢が交差する瞬間だったのだと思います。


(4) 夢をみるひと

宇宙よりも遠い場所」で描かれた幻想的な夜に、キマリさんは特別な動きかたを見せていたように感じられます。はしごの先頭に立って手を伸ばしてくれたキマリさん。皆がベッドから立てないなか「選んだんだよ、自分で」と口火を切ってくれたキマリさん。そして「大丈夫?」と声を掛けてくれたキマリさん。ひょっとするとだけど、彼女の寝相の悪さも、目を開けて寝言をいうことも、夢やベッドに囚われず行動できる彼女の副作用なのかもしれません。

第12話の雪上車の夜にキマリさんが「今まで寝てて、目が覚めた」と言うのは、半ば報瀬さんのことも説明しているように思えます。報瀬さんも、今まで幻を見てて、目が覚めました。偶然重なったみたいに真を突くようなことを話すのが面白く思います。

目の覚める時が重なること、ただそれだけでもロマンチックで。

なんならキマリさんは報瀬さんのことを夢に見ていたんじゃないか。人も幻も沈黙を守るブリザードの夜に、夢が車内を満たしていたのではないかと思います。


(5) おわりに

宇宙よりも遠い場所」は人々の言葉や行動で前進しがちな話ですが、そうした前進が嘘にならない加減で幻想的な描写も伴っています。とくに終盤、第12話において、夢、という言葉は報瀬さんの過去へずっと遡及して、広がったそれは雪上車の夜に結実します。それは宇宙よりも遠い場所の一夜に降りた、ファンタスティックだったと思います。

 

 

(2018年6月4日 疏水太郎)

 

 

宇宙よりも遠いファンタスティック(前編)

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アニメ「宇宙よりも遠い場所」(よりもい)の幻想的な描写が好きです。

宇宙というタイトルや南極という目的地から連想されるほどにはアニメ本編は私たちが抱えている日々から離れないし、どちらかというと人の言葉や行動で前進する話なので、本作品の幻想性というのは要所でスパイスを効かせてあるくらいなのですが、私がよりもいのこと単にむちゃくちゃいい作品だなーと思う以上に自分のお気に入りの作品となってるのはそこなので、そういう話をしたいと思います。

えっと、あともう少し言い訳めいたことを書きますが、よりもいは割と執拗にここで描かれていたことはあそこにあったという照応があるタイプの作品で、まずはそちらを追いかける楽しみが充分に用意されています。いしづか監督が次のようにアピールされていることも、実際、作品へ素朴に反映されているように思われます。

いしづか「2回見ることを大前提で作っていたりします。もう一回見たときに気づいて欲しいな、というアドリブを各所に入れています。(中略)皆さん、見返すと、きっと楽しいですよ!」

ウルトラジャンプ2018年4月号インタビューより)

よりもいが作品の全体としてまず面白いと思えるのに加えて、そのうちの細かい照応だけでも探しきれないくらい出てきますので楽しみは尽きないのですが、それはそうとして、作品をなぞることからは少し距離を置いた、個人的なお気に入りにも触れたいと思います。

文章でなく絵を描いて思うこととしても、よりもいに関してはなるべく作中の絵や設定をなぞるようにして、プロップデザインの細かさもこの作品の魅力であるし、またこのときはどの衣装であるべきかとか、結月さんの二重まぶたはどうあるべきかとかを考えて描きたいときもあるし、そうでないときもあります。同じ第3話の夢の場面でも、次の3枚の絵を描いていて、それぞれどういう風に描きたかったという気持ちが違っています。

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①こちらは第3話の場面そのものをなぞりつつ説明したかった絵ですね。絵の右下にコメントも書いています。

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②こちらは作中の夢が友達との出会いに関わる様子を、第3話を意識しながらも具体的な場面とはやや切り離して描いた絵です。

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③こちらは一部の要素だけは第3話が参照されていますが、私の好きな物しか描いてないぜ!という絵です。星が散らばってるのとオレンジ色と、ぐにょーんと伸びた腕が私が好きな物を詰めた結果ですね。

よりもいは①のようによりもいの世界をなぞっていってもずっと面白く描き続けられるし最初はそうしていたのですが、ちょっと②とか③みたいな、そこにないけど私が見るものも色濃く描きたくなってきました。

よりもいのようにシリーズとして練り上げられた構成や演出の良さがありつつ、作品内の照応や作品外の参照も細かいというサービス精神あふれる作品と対面したときに、絵にしても文章にしても、そこから離れてゆくスタイルはどうかな、なんかもったいないとか、なんだこれ、という気もしましたので、ついてはどういうことを思いながら描いてるか/書いてるかの補足でした。真芯を外したところでも私にとってはホームランでして。 

 

さて、大切な脱線が終わりましたので、(後編)ではようやくよりもいのファンタスティックの話を始めます。

書籍「宇宙よりも遠い場所」を抱いて

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よりもいの第1話にはキマリさんと「宇宙よりも遠い場所」という本との出会いもあったように思われます。それは放課後に親友からの誘いを断ってまで図書室へ探しにいった本で、手に取ってそのまま心奪われたように頁をめくり、呉への旅にも一緒に連れて行ったこと、新幹線で眠るキマリさんの手元にはこの本があって、それはもう夢にまで持ってゆきそうに見えて。

キマリさんが「宇宙よりも遠い場所」に触れる様子は第2話以降ありませんが、第1話でこの本がキマリさんの胸に刺さる様子が素敵だったので、少し話を広げてみたいと思います。誰かの好きな本のことを考えるのって好きなので。

小淵沢貴子さんが書いた「宇宙よりも遠い場所」は、第1話の図書室で覗える範囲では南極と南極観測隊の日々を美しい写真とともに紹介する本のようですが、第7話ではそこに貴子さんの詩的な文章も添えられていることが明らかになります。

宇宙よりも遠い場所
それは決して氷で閉ざされた牢屋じゃない

 

あらゆる可能性が詰まった
まだ開かれていない世界で一番の宝箱

(第7話より)

貴子さんのこの言葉を聞くとき、作中でたびたび挿入されるキマリさんのモノローグが思い浮かぶのでした。それはキマリさんの内なる声のようでもあり、旅を振り返るような声でもあり、その時そこに居る人たちの現前する声を離れた書き言葉らしい叙情性をもって作品を彩っています。両者の相通じる詩情は果たして、あの第1話における本との出会いがきっかけに生まれたのではないかしら。

よりもいは作中のことにいちいち照応があるタイプの作品ですので、ここで第1話の《高校に入ったらしたいこと》の《日記をつける。》に触れておきたいと思います。キマリさんはものを書く活動というのをこれまでしてないので、高校に入ったらしたいことの一つとして日記をたぶん漠然と挙げていました。そこに貴子さんの言葉との出会いがあって、それがきっかけで芽生えた言葉を紡ぐことへの思いが、キマリさんのモノローグには溢れているように思えて。

キマリさんのあの声は、貴子さんの言葉を受けて、それを追いかけるようにして何らかの形で綴られたキマリさんの日記なんじゃないかな。いつ、どのようにして書いたかは判んないですけど。

よりもいはその場で声として伝えあった言葉や表情、しぐさや姿勢、その見せ方によって動かされる部分の目立つ作品ではあるのですが、目に見えるけど見えないもの、たとえば結月さんの夢、声に聞こえるけど聞こえないもの、たとえばキマリさんの日記みたいなモノローグによって、立体的に構成されています。ドラマに詩が伴うときの質感の重なりは、あるいは絵にもそういうところがあって、オープニングとエンディングのアニメは手描きの世界を伴って、たとえば頭からお花が生えてるのも質感の異なるチャンネルを開いてくれています。

エンディングの花の絵、ほんといいですよね、と書籍「宇宙よりも遠い場所」にことよせて改めて思われるところです。 

 

(2018年5月20日 疏水太郎)  

 

あさっての季節

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5月14日 月曜日、晴れ。昨日の東京は雨でしたが、今朝はカラッと晴れ上がりました。熱気すら感じられるなか、結月さんが小淵沢邸を訪問した第3話は今時分のことかと思います。軽く死ねる夏日が続いたかと思えばまた寒かったり、お天気かと思えば風が強かったりと目まぐるしい5月のこと、結月さんの夢にも季節の変わり目から嵐が吹き込んでいました。

宇宙よりも遠い場所」ではあしたの季節も信用できません。出会いの春(第1話、第2話)から初夏(第3話、第4話)を経て、真夏も秋も飛ばして冬(第5話)を迎えたかと思えば、その後は南半球の夏(第7話以降)。夏服は6月からじゃなくてシンガポールでの衣替え。第6話の赤道越えが夏への扉なんですよね。

昨日まで冬だったのに今日は夏。あさっての季節は一体なんでしょう。

12月というのは日本では冬だけどフリーマントルは夏で、しかも南極では夏だって夜は氷点下で。遠い場所へ行くだけじゃなくって彼女たちの知る季節が揺らぐこと、それもまた冒険であると言えるでしょう。

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さて、ここでもう一度、5月のあの日に戻りたいと思います。タヌキも汗をかいていたまるで夏みたいな5月の日。駅を鏡に映す逃げ水も、結月さんの頬を伝う汗も、小淵沢邸門前の打ち水も、本編では描かれなかった日本の真夏を窺わせます。

ところで、タヌキは汗をかきませんので、少し前には雨が降ったのでしょう。そう思うと遠く向こうの逃げ水も、門前の打ち水も、なんだか水たまりのように見えてきます。雨が降って止んだかと思えば馬鹿みたいな暑気に包まれて、雨上がりみたいな焼けた石みたいな道を結月さんは歩いて行きました。 

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そして、8月みたいなこの5月の日に小淵沢邸では熱いお茶が出てきます。《まだ5月だから》という報瀬さんの祖母は季節を自分でグリップしてる人なのですが、私たちはきっと5月の変化に目眩するんじゃないでしょうか。第3話の冒頭で日射しに撃たれるさまは、結月さんが夜みる夢の嵐すら予感させています。そして、それもまた冒険の日々で。

 

鏡のような水の気配や頬を伝う滴にも、どうか、めくるめく感傷を。

 

(2018年5月14日 疏水太郎)

 

※説明のためアニメ「宇宙よりも遠い場所」第3話の画面を引用させていただきました。引用に際しては、トリミングを行っております。

 引用されたアニメ作中の画面の著作権は、(C)YORIMOI PARTNERS 様にあります

白石結月さんと夜のヴィジョン

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目が覚めたとき、たかだか夢を見たというだけなのに心をかき乱されて、切実なところに触れられてしまうことがあります。夢の内容は自分の意志でどうにもならないから、意志の働くところを描きがちだった「宇宙よりも遠い場所」において、第3話のような夜みる夢に心を揺すられる話が交じってることは大きく採りたいと思います。

このことはすでに絵の中で簡潔に触れたつもりですが、もう少し言葉を書いてみようと思います。

第3話の夢で印象深いのは、結月さんの目の回るような落下でした。カメラは窓側から結月さんの足裏を捉えた後、今度は見上げて結月さんの顔を映し出します。はしごがゆらっとする様子も、ゆっくり倒れてゆく様子も心臓が縮みます。風はもの凄く、葉っぱが舞い、髪も大きく乱れています。いわゆる5月の嵐でしょうか、そんな夜に手がかりのない3階まではしごを掛けて、ついには落下するスペクタクル。色合いもいいですよね、それは月明かりだけの神秘的な夜でして。そんな風に、この夢が結月さんにとってドキドキするヴィジョンであったことは映像としてわたしにも伝わってきました。

結月さんが高所でドキドキすると言えば、彼女が高所恐怖症であることも思い出されます。高所恐怖症という言葉が第7話に出てくる他、ヘリで輸送されるのを怖がるなどいつもその様子が描かれています。ヘリは誰でも慣れない内は怖い気がしますが、キマリさんと日向さんが初めから平然としてるため、結月さん(と報瀬さん)が相対的に怖がって見える面もあります。それにしたって程度はともかく結月さんが高所を苦手としてることは確かでしょう。

だけど、夢の中ではいつもみたいに高所を怖がってるという様子じゃないんですよね。ドキドキするような映像ですが、びくびくはしていない。結月さんが僅かな緊張とともにキマリさんのほうへ伸ばした手は、しかし、震えてはいませんでした。

目が覚めた後、夢のことを思い返して笑う結月さんは、会ったばかりの三人が夢に出てくる不思議さ、彼女らがなぜか窓からやってくるという面白さ、キマリさんと手を繋いだときの意外な実感、そして、普段の自分ではありえない高所での冒険、たぶんそういうことがまぜこぜになって、なにそれ、なんかもういろいろ可笑しくてならなかったのではないでしょうか。

それに、昨日抱きしめられた相手と手を繋ぐ夢みるのむっちゃ恥ずかしいですよね。会ったばかりの人なのに、わざわざ来てくれて手を伸ばしてくれる、わたしもその手に触れちゃうなんてありえないよね、なんて、たかが夢のことなのにいろいろ考えてしまう。そして笑った後、胸がちくりとすることに気づく。

他愛なく気持ちが浮き沈みしてしまうのも、ヘリに乗り込むたび報瀬さんは我慢してるのに結月さんは遠慮無く震えていられるのも、他の三人と比べたときのあどけなさではあるのですが、結月さんはその分、三人よりも夜みる夢と近い場所にいることが出来てるんじゃないでしょうか。例えば誰かと手を繋いだっていうそれだけをとっても、架空のことだけど、しばらく抱えていたい大事な出来事じゃないですかね。そういう夢で出会ったこととも、善し悪しだけど、ひとつひとつ寄り添ってゆく。

夢に気持ちを揺らされるなんて誰にでもあることかもしれませんが、作中ではそれが結月さんの元にだけ現れて、その夢はめくるめく映像で、見る人の心を叩いていて、そういう秘密めいた夢の訪れと夢見る人のことを私は美しく思います。

個人的に、美しいヴィジョンは個人を超えて溢れ出してゆくものであってほしいと思います。第3話のときは結月さんだけのものだった嵐の夜のスペクタクルへ、第8話の「吠えて、狂って、絶叫して」では結月さんのいざないによって四人が一緒に巻き込まれてゆきました。《ちょっと外行ってみたいですね》という結月さんの言葉は呪文で、扉の向こうに再び嵐の夜が開かれました。ここでもまた結月さんは揺れに揺れる高い手すり際を怖がることなく、今度は4人で一緒にその姿を見つめます。

夢の溶け出した夜に雨は塩の味がして、それは高波であって、海に放り出されそうになることさえ可笑しくってならない。それはもう思慮分別もなく馬鹿げてるけど、抱えていたい大事な瞬間で。

そんな風に、結月さんが三人ともたらしたありえないみたいな夜の姿を、私はたいへん好ましく思います。そして、映像や音楽も大きく寄与したファンタスティックをどうしたら言葉にできるのか、自分のなかで理の退いたひとときをどうしたら捉えることが出来るのかを、悩ましく思いながら書いています。

 

(2018年5月7日 疏水太郎)

宇宙よりも遠い場所から見た宇宙

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アニメ「宇宙よりも遠い場所」でははじめ南半球の星が出てくることを期待していました。わたし星座、好きなんですよ。

後で南極観測隊について調べると、なるほど、太陽の沈まない白夜のうちは星も見えない。4人の旅のモデルとなった夏隊は白夜の始まった後にやってきて、終わったころにすぐ帰っちゃうんですよね。昭和基地の白夜は例年11月20日頃から1月20日頃まで、一方、夏隊が昭和基地へ着くのは12月下旬、基地を発つのは2月上旬となっています。

小淵沢天文台の建設地は地図(第11話)によると昭和基地よりも高緯度にありますので、白夜の期間が昭和基地より長くなります。ですので、小淵沢天文台で観測をするためには、必ず夏隊ではなく越冬隊に加わる必要があります。約束したし、いつかまた、そういう日も、ね。

よりもい本編で星座が描かれることはありませんでしたが、あきらめきれずオリオン座と冬の大三角の絵を描きました。南極だと夏に見えるので夏の大三角かも知れませんが・・。

4人の参加した夏隊が基地を発つ頃ってこんくらいかなぁ、と、2019年2月15日 22時(現地時刻)の夜空を描いてみました。南半球では日本で見る星座の形とは上下逆になって見えますので、オリオンも真っ逆さま、第3話の結月さんの夢みたいに地平へ落ちてゆきます。

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上の絵でめぐっちゃんが群馬から見てるオリオンとキマリさんがシドニーフリーマントルから見てるオリオンが上下さかさまになるのが判りますでしょうか?

オリオンは赤緯0度前後の星座なので、北極点からは上半身しか見えなくなりますし、南極点からは常時地面に頭が埋もれて下半身しか見えなくなります。ちょっと可笑しいですよね。昭和基地では地平線から顔を出せるので、ちゃんと息継ぎできます。

 

よりもい本編では星座が出てきませんでしたが、エンディングアニメには南天の星座がたくさん描かれています。

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(画像は宇宙よりも遠い場所エンディングアニメより。)

南十字星以外の南天の星座が描かれているのは珍しいのではないでしょうか。マッドハウスのロゴのところにみずへび座、プリンみたいで可愛いテーブルさん座、みずへびのお腹の下あたりに輝いてるのがエリダヌス座の一等星アケルナルです。南天の一等星は日本からはほとんど見えないか全く見えないもので、数は少ないながら上の画面のなかには全て収まっています。マッドハウスのロゴのすぐ右に船の絵があって、りゅうこつ座の1等星カノープスが輝いています。船の上にある十字架はもちろんみなみじゅうじ座で、画面では目立ちませんが1等星がふたつあります。南十字のすぐ左で大きく輝いているのが1等星アルファ・ケンタウリ、その右のハダルも1等星です。

星と言えばよりもい本編では、南極星はあるのか、という話が第4話に出てきます。第13話ではそれを受けて、キマリさんが夜空に南極星を定めます。

キマリ「あれだよ、あれが南極星、決定!」

報瀬「あんな明るくないと思うけど・・」

「空にある星が全てと思うなかれ」(第4話の日向名言)ですよ、報瀬さん。夜空には空想のヴェールがかかることもある。

それはそうと、キマリさんは高いところにある明るい星を適当に指さしたと思うので、なんとなくカノープスアケルナルかなぁ、と思います。南十字付近の星だったら南十字のほうに気をとられそうですから、南十字から遠い1等星に絞ってみました。

エリダヌス座の1等星アケルナルは私のいちばん好きな星ですが、ずっと南の星なので日本で見るのは難しくて、まだ見たことはありません。見たことないけど大好きで、憧れるってそういうもんじゃないですかね。

エリダヌスはギリシア神話に登場する川の名前で、川の流れをかたち取った星座です。オリオンの足元から流れ始めるこの川は、南の地平線にたどり着いて、その先端に1等星アケルナルアラビア語の「河の果て」に由来する名前の星が輝いています。わたし、星だけじゃなく川も好きなのでこの星座のことは重ねて好きでして。

南の星であるためヨーロッパでは大航海時代まで公知でなく、アケルナルが発見されたことでエリダヌス座の果ては従来よりも南へ伸びることになりました。探検によって星座の果てのさらなる果てが見つかったことはロマンチックに思えます。南極もヨーロッパから見るとそうした河の果てとして目指された土地でした。アケルナルのことを思うとき、私もまだ見たことのない果てのことを思います。キマリさんの指差した星もアケルナルだったとしたら、嬉しいと思います。

 

最後に、大気圏内の現象ですがオーロラにも少し触れておきたいと思います。キマリさんたちが南極からの帰路に見ることのできたオーロラですが、めぐっちゃんの写真にもオーロラは写っています。オーロラは原理上、南極圏と北極圏で同時に発生して、地磁気の緯度経度が同じ場合、見える形もほとんど同じになります(詳細はこちらで。 http://polaris.nipr.ac.jp/~aurora/nsato_conj_obs.html/index.html)。なので、キマリさんとめぐっちゃんは南極と北極で同じ時間に同じかたちのオーロラを見ていたかもしれませんね。

だけど、違うものは違ってて、遠く離れたその場所から見えるオリオン座はさかさまで。第10話のキマリさんは《絶交だって言われたんだけど、私は友達だと思ってて。》と言ってますので、キマリさんとしては絶交無効が言い逃げみたいになっちゃってて、めぐっちゃんの同意を明に得てないと思ってるぽくて。キマリさんとめぐっちゃんというひとつの関係は、絶交で友達、という見る側によってさかさまのままで、それでもまだ続いています。

ふたりの別れからこのかた、汲めども尽きないキマリさんによる連帯のメッセージを、めぐっちゃんはもうそのままには受け取れない。だから、めぐっちゃんは《おまえのいない世界》へと歩を進めました。そこはたぶん、キマリさんがいないけどキマリさんのいる場所で、めぐっちゃんがいないけど、めぐっちゃんのいる場所で、この地上にそんなどうかしちゃってる場所があるのか、と思うのですが。

もしかすると、ひとつのものを見てひとつのものがさかさまに見えるくらい離れることが出来たならば、さかさまオリオンには時とかたちのかみ合ったみたいなヴェールが重なって見えることがあって、ごく稀な符合かもしれないけど、ふたりはそうした瞬間の気持ちを抱えることで、一緒でいられるんじゃないかな、とめぐっちゃんの送ってきたオーロラの写真に思います。

 

  (2018年5月6日 疏水太郎)

 

 

※説明のためアニメ作中の画面を引用させていただきました。引用に際しては、トリミングを行っております。

 引用されたアニメ作中の画面の著作権は、(C)YORIMOI PARTNERS 様にあります